2015/12/17

使った経験のない言葉は聞き取れない

【新・英語屋通信】(61)

――“Twelve O'clock High”(頭上の敵機)より
 この映画を観て「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」という松尾芭蕉の句を思い出した。第二次世界大戦後、米軍の退役軍人が英国から母国に帰る途中、戦時中に従軍していた飛行場の跡地に立ち寄る。殺伐とした原っぱに立ちすくむ彼の回想で物語が始まる。飛行機の爆音がしだいに大きくなり、照明弾を放つ音と重なると、爆撃機(B-17)が次々に着陸する。そのうち1機が不時着すると、救急車と関係者がいっせいに駆けつける。
 軍機から搭乗兵が降りてきて、半死の戦友を労って“Easy / with his right leg. / It's / broken.”(右脚をやさしく。折れてる)と悲痛な言葉を吐く。“I wouldn't / believe it / if / I wasn't / looking at it. / You can / see his brain.”(見ないと信じられんね。奴の脳を見ろよ)と軍医が言い捨てる。
 搭乗兵が“What / 'll I / do / with an arm, / sir?”(腕をどうしますか?)と尋ねる。上官が“An arm? Whose arm?”と返して、“What / happened / to the rest / of him?”(彼の残し物に何が起こったのか?)とたたみかける。腕の主はパラシュートで降下したものの……話の冒頭から The End の字幕まで悲惨な戦禍が連続する。出演者の98%が男性で、珍しくもハッピーエンドな作品ではない。
 米軍がヨーロッパ戦線に参戦した1942年の夏、イギリスのイーストアングリアを基地にした米陸軍第8航空軍が本作品のモデルと推察できる。ナチスドイツへの空爆にまつわるエピソードを紡いで、航空兵のみならず、指揮官までが戦場で死に直面してパニックに陥る心理状態をテーマにした重要な資料になっている。
 ナチスドイツがポーランドに侵攻して世界大戦を始めた1939年9月1日、ルーズベルト米大統領は「どんな状況になっても、民間人を爆撃してはならない」と言い放った。米爆撃兵団の カール・スパーツ総司令官は、軍事・産業に関係する施設だけを空襲するオペレーションで precision bombing(精密爆撃)を提唱した。
 一方、ナチスドイツは開戦当初からワルシャワやロッテルダムの市街地を空爆している。ロンドン市街を誤爆したとき、あろうことかゲッペルスが成果を称賛したため、民間爆撃はしないと広言していた英国のチャーチル首相は、この災禍を見過ごすわけにいかず、報復としてベルリンを空襲した。すると、こんどはヒトラーが本格的にロンドンを空爆して、終わりの見えないドンパチが続くに至った。
 ハンブルグを空爆したゴモラ作戦では、英軍が都市部を夜襲して、米軍は民間人を攻撃しない方針を貫いた。米軍機は白昼堂々と爆撃地に向かい、ドイツ軍の恰好の標的になって、多大な犠牲を出している。1943年の夏に始まったシュバインフルトにあるボールベアリング工場への爆撃では、護衛機なしの丸裸同然で敵地に向かうB-17の編隊がドイツ空軍の迎撃機に撃墜され、約600人の航空兵が帰還できない日があった。米軍はこの数ヵ月の戦いで出撃兵の4人に3人以上の戦死者を出している。米軍のジミイ・ドゥーリトル司令官はしぶしぶながら、民間人を攻撃しないという箍をベルリン空爆で外した。
 この戦争映画には、米・独双方の実写が多く盛り込まれ、生きるか死ぬかの本音のやりとり集に作っているから、無視できるセリフがほとんどない。この種の英語を完全に理解できたら、どんなナマ英語の情報も咀嚼できるだろう。この映画のナチュラルな話し方の英語をすべて聞き取れたら、もはや英語話者レベルと言ってよかろう。
 本物の会話はもっと無駄口が多いけれど、映画の脚本は重複をできるだけ避けている。観客にはすべて必要な言葉だが、少しくらい聞きもらしても、英語話者なら大筋を理解できる。なぜなら、彼らにとっては、どこかで聞いたことのある日常言葉ばかりで、学術的な表現がないから、欠けた部分は類推で繋げられる。
 囲碁・将棋のプロは、過去に何千回も学んだ手筋を見た瞬間にパターン認識できて、いわゆる「読まない能力」を持っている。アマが実戦で一度も遭遇していない局面に出くわすと、多くの手順を読まなければならないが、読む手数が多すぎると混乱して間違った答しか出さない。言語はそれと似て、使った経験のない言葉は聞いてもわからない。
 映画の日本語字幕は、文字数の制限上、翻訳でかなり省略するので、大切なニュアンスを汲み取れない。英語字幕はほぼ話したとおりに出るから、せめて読んで理解できる英語力は身に付けたい。軍で使う特殊表現はさておき、私が知らない英単語は本作に数個しかないから、英語字幕でなんとか理解できたが、耳だけではとても間に合わない。英語話者は聞くだけで画面を想像できるが、非英語話者には出会っていない言葉はわからない。
 ともあれ、想像力と倫理感を大切にした米軍は、日本の各都市を無差別空爆して、ついに原爆投下まで決行したが、原点はベルリン空爆にあったと思う。この映画は全シーンが第二次世界大戦を現場で戦った者の立場から見た戦記物で、歴史の実際の経緯を知ると知らないとでは観賞後の感想が大きく変わってくる。戦争は始まったら止められないけれど、ラグビーにはルールがあって、審判もいて、ノーサイドもある。
(S・F)
2015.12.17(木)

2015/12/05

ニーズがあれば技術はモノにできる

【新・英語屋通信】(60)

 NHKに「奇跡のレッスン」という番組がある。海外から腕利きコーチを招聘して、十代の十数人の少年少女を束ねて、6日間だけ対象のスポーツを特訓し、7日目の最終日に強敵と試合して成果を確認する仕立てになっている。たった1週間で実績を出す凄腕のお手並みは「お見事!」と称賛するほかない。良質の早期教育は、効率がいいねえ。
 この番組の外国人コーチの共通点は、若者から「やる気」を引き出す指導法で、1人1人に「ニーズ」を注入することに主眼を置いている。指導力に長けたコーチは、自ら実践の経験があって、教える技術を「自分ができて、指導法も身に付けている」から、習う側の気持を十分に察知できて、子供たちからニーズを巧みに導き出せている。指導者が技術の手本を示せないと、教わる側の間違った自己流を正す手立てがないため、目標が定まらない練習がだらだら続くだけで、効果ゼロのマンネリに陥りやすい。
 幼児はふつう自分の「欲求」つまりニーズを満たすためか、3歳までに実用母語をほぼ完璧に覚えてしまう。大人になった日本人は、なんとか日本語だけで過ごせているせいか、英語を話したいという願望はあっても、本気で学ぼうとするニーズは薄い。
 わが国の学校英語の教育からでは、生徒のニーズは決して取り出せない。教師の大半が英語を自在に話せず、技術の模範を示せないからで、生徒が英語を苦手とするのは当然だろう。一方、AETたちの来日目的は、自分の旗を上げることで、英語を話せても、教える技術をきちんと修めていない者ばかりで、お粗末な連中が多い。
 英語はその指導法に熟達した英語話者に教わるのが最善で、人材がいないわけではない。奇跡のレッスンの英語版は、ミュージシャンが適材だから、バブ(Bob Godin)にやらせてみたいと思った。厚切りジェイソン級の優れたカリズマが出現して、英語学習へのニーズを引き出してくれれば、日本人はあっという間にバイリンガルになれると思う。
 問題は処遇で、住居が用意できれば、AETたちの最低の希望は満たせる。わが国には空家が多いので、その利用は行政が市町村単位で手を尽くせばいい。有能な逸材を発掘して、文科省の重要ポストに1人だけ据えれば、英語学習の技術面はいっきに解決する。
 明治初期に高額な給料でお雇い外人を調達し、当時の日本人エリートを指導したおかげで、わが国は鎖国時代の停滞した状況を打破できて、近代化に早く目覚めた。英語教育の維新バージョンで未来を担う子供たちにチャンスを与えたい。
(S・F) 2015.12.5(土)