2016/03/26

「努力対成果」を発揮できる英語学習で!

【新・英語屋通信】(69)

 「結局、自分が使えない音は、聞き取れないとわかって、一から発音をやり直そうと決心して、パパの会社のホームページから『英語の発音とリスニングの音則』に関するバブさんの解説をダウンロードして聞いてるけど、口の動かし方を教えてくれるインストラクターがいないんで、ちゃんとした練習ができないのよ」と娘婿が愚痴った。
 パパとは私のことで、動物の絵だけで特製した“PV法チャート”をこの4月に小学校に上がる孫に見せているときの横槍だった。「やっと、きたか!」と私は胸中で膝を叩いた。彼は英会話物アプリのあれこれに手を出して、電車で片道1時間半以上の通勤中イヤホンを耳にしているので、私が「努力対成果」が限りなくゼロに近いよと告げていたけど、10年かかって、ようやく正しい英語学習法の前に立てたのである。
 彼の勤務先がミャンマー人を何人か雇っていると聞いたので、彼らの英語力と発音の特徴について尋ねると、「ミャンマーでは英語で学校の授業をしてるんで、彼らは英語で考えることができて、英字情報から技術を手に入れてるわけよ。俺の英語力では内容のある話ができないし、発音の程度なんてわからない」と言う。言葉は脳から出てくるので、使用言語で考えないと口から出てこないのは当然だが、「PV法・語源法・チャンク法による発音・単語・文型の三位一体学習法」を娘婿に気付かせるのすら10年もかかったのだから、世間に向けてどう普及すればいいか、有効な道筋がなかなか見えてこない。
 「1万語くらい覚えても、日常会話もできない。ふつうの英語話者は10万語くらい知っているらしい」と彼が言うので、私が「日本語は4種の文字を使うし、自分を指す示す言葉だけで“俺・僕・私・我・小生・当方”など、方言抜きで何十もあって、繊細な言語感覚が必要だけど、英語の己は I ひとつで済むから、思考がシンプルなのよ。話し言葉では、単語が音節でちぎれて、後ろの語とくっつくから、it's gonna (it is going to) や I'll hafta (I will have to) などはひとまとめのチャンク(語群)でパターン訓練しとかないと、単語の意味を知ってても、会話にはついていけない」と返しておいた。
 娘婿はフットサルを趣味にするスポーツ好きだから、基礎の大切さをよく知るが、母語を無意識に覚えたせいか、英語学習では近道を10年間も無駄に求め続けて、効果の得られない努力をしてきた。外国語学習はスポーツや芸事と同種の技術だから、「質の良い」練習法で「量を多く」こなす以外に獲得の道はない。
(S・F)
2016.3.26(土)

2016/03/11

電脳翻訳機が近未来に人間に勝利する

【新・英語屋通信】(68)

 囲碁の対局でコンピューターがついに人間の名人を打倒した。チェスは人間側が早々に敗北して、将棋は人間のA級棋士とほぼ互角の状態にあるが、囲碁には「劫」という特殊なルールがあるから、人間には適わないだろうと見くびっていた。
 チェスは取った駒を使えないので、指し手の範囲が狭くなり、人工知能に負かされるのは時間の問題だったが、将棋は取った駒を何度でも再利用できるので、当分は大丈夫だろうと高を括っていた。ところが近年、将棋のプロ棋士を相手に肉迫する勝負を見せつけるにつけ、コンピューターの力倆に注目せざるをえなくなっていた。
 将棋の指し手は、チェスに比べて桁違いに多いけれど、「ビッグデータ」の収集が可能になり、コンピューターを何台か接続すれば、厖大なデータを処理できると知った。飛び抜けの超・激・猛スピードで演算できる“京”級のスーパーコンピューターを利用すれば、次に挑戦を受けるのは“言語”の番であろうと確信している。
 人間の言語「脳力」は凄いけれど、将来は電脳くんの敵ではなかろう。人は言いたいことを瞬時に口からすらすら出している印象だが、じつはじつにアバウトで、必ずしも完璧に「適切な」表現ができているわけではない。
 そこで「適切な」という意味の最適な類似表現は何だろうと考察したら、最初に「ピッタシカンカン」という言葉が頭に浮かんだ。ついで、どんな格言があるかと考えたら「合わせ物は離れ物」が浮かんだが、英訳すると“What has been joined may come aprt”となるから、may が入ってくるぶんニュアンスがちょっと違っている。
 西洋の諺の“Extremes meet.”を和訳すると「両極端は一致する」としかならないし、「餅は餅屋」を英訳すると“Every man is most skillful in his own business”となるから、“A small snake knows the way of a large snake.”(蛇の道は蛇)と似たり寄ったりだなあと思いながら、私の脳がギブアップしろと命じたので、深追いをやめた。
 年を取ると、脳の sea horse(海馬)中の神経細胞の働きが鈍って、新しい言葉が入りにくくなり、そのうえ cerebral cortex(大脳皮質)への送信機能が落ちているので、言葉の蔵にストックが増えないし、適切な表現も取り出せなくなる。
 近未来の自動翻訳機なら、適切な例を1つ示して、類似表現をいくつか掲げて、最適の新表現を提示してくるかもしれない。アメリカのクイズ荒らしがコンピューターのワトソンくんにシャツポを脱がされたし、とどのつまり、どんな天才も人間の脳力には限りがあるということだろう。
 ここまで書いたあと、ことわざを1000個くらい収録した小冊子を手に取って、索引を開いたら、ほとんど知っている表現ばかりで、しかも半分以上は使ったことがあることに改めて気付かされた。でも、すぐに利用できなかったから、単なる持ち腐れでしかなく、人の脳はやはり有限な存在なのかと再認識させられた。
 ともあれ、電脳くんの進化は目覚しすぎて、韓国のイ・セドル九段は連敗した。日本の井山裕太本因坊は7冠王の達成寸前だが、世界戦ではイ名人のほうが実績があるから、囲碁もコンピューターに制覇されたと見なしてよかろう。
 イ名人が対戦した囲碁ソフトの AlphaGo は「画像認識」によって、「大局観」を手に入れたとのことで、deep learning(深層学習)ができるようになり、つまり「自らで学ぶ能力」を獲得して、対応力が飛躍的にアップしたとのことだ。
 つまり、コンピューター自身が「想定外のことを想定できる」ようになったしだいだが、考えてみれば、私の携帯電話もどんどん言葉を覚えている。翻訳機能が付与されるのも、遠い未来ではなかろう。コンピューターの力を借りるのは、喩えれば畑で耕運機を使うようなものだろうが、人間社会は人間同士のスキルで勝負しているのだから、言葉はやはり自分の脳力で使われている。もちろん英語も!
(S・F)
2016.3.11(金)

2016/03/05

英語は、フィリピン英語で学ぶべきではない

【新・英語屋通信】(67)

 NHKは最近おかしい。わが国の英語教育をテーマにして、中学生の学校現場を取材して、フィリピン人のインストラクターから英会話の個人レッスンを受けるシステムをBSニュースで紹介していた。
 教室の生徒全員が端末の前に座って、それぞれ別々のインストラクターから指導を受けている。レッスン料は1人25分間が1,000円(?)とのことで、放映された“How are you?”“I'm fine.”などのやりとりは、同局の『プレキソ英語』より初歩的な内容で、同番組をきちんと視聴して自習すれば授業料など要らない。
 というより、フィリピン人から英語の発音指導は受けないほうがいい。日本人の生徒が“Thank you.”を正しく発音しているのに、教え手が「ノーノーノー、センキュー」と言い直させていた。タガログ語に thank の〔th〕音がないため、フィリピン人は舌の後方を盛り上げてこの音を出す傾向があって、〔s〕とか〔t〕に近い音に聞こえる。最近の若い日本人は、正確な英語音を聞き慣れているので、間違いには違和感を覚えるはずだ。
 〔th〕は上歯を舌先に当てて出す音で、その有声音には the をはじめ、this・that・they・then などの使用頻度の高い英単語がひしめいている。with this では〔th〕の有声音が連結して1つ消失するが、正しい発声ができない者には聞き取れない。外国語には母語にないサウンドがあるから、音声学に基づく口の筋肉トレーニングをする必要があるが、〔th〕は日本語にもないので、特訓して咀嚼しておかないと先に進めない。
 学びの場は“楽しい”ほうがいいに決まっているが、技術の習得には“厳しく”取り組む必要がある。にもかかわらず、NHKはフィリピン人は優しいから英語に親しみやすくなるなどと、木に縁りて魚を求むがごときトンチンカンな解説を加えていた。
 フィリピン人の英語の発音がどの程度のレベルにあるのか、英米人に聞いてみるがいい。この番組を見たアメリカ人のR・O氏が目を剥いて、呵々大笑した。国名の Philipines の語頭音〔ph〕は〔f〕の別の綴りだが、フィリピン人は上歯を下唇に当てないから〔p〕になって「ピリピン」のように言う人が多いよとも言い添えた。
 フィリピン英語は pidgin(語法が簡略化された混声言語)ではないが、Creole(混交言語)的な面があって、発音だけでなく、語法も本物の英語とやや異なっている。変則英語を丸暗記しても、英米人の実用英語にはついていけない。
 日本語は高度に発達した言語だから、日本人は母語のまま超弩級の学問を受けられるが、タガログ語は難しい情報を扱いにくいとのことで、フィリピンでは高等教育を英語で行なっている。だから、彼らの高学歴者は物事を英語で考えて、何不自由なく英語を使えているが、アメリカ人のお笑いのネタにされることもある。
 日本語を話せても、一般の日本人は教える技術を持たないのと同様、英語話者の誰もが英語を上手に教えられるわけではない。半世紀前の日本語での特殊方言の使い手は、標準語を聞いて理解したが、彼らが話すと、他県の者には聞き取れなかった。現代のフィリピン人の英語の発音は、かなり良質になっているが、自分たちの発音癖に大半の者が気付いていない。ゆえに、英語音に白紙状態の日本人がフィリピン英語を教わると、英語話者が聞き取りにくい発音になると覚悟してほしい。
 英語の習得は、スポーツや芸事での学びに似て、正しい方法で基礎を教わる必要があるが、次世代の日本人には英語の学習法を教えるだけで間に合うと思う。実践会話は1年やそこらで身に付くものではないから、練習量のこなしは自習しかなかろう。英語の学習法だけなら、1週間で会得できる技術もあるから、学校はそれを伝授するだけでいいし、そのじつ授業時間はそれしかない。
 なお、フィリピンでの現地指導は1週間(毎日約8時間)で20数万円(?)とかで、ほかと比べて半額だと言っていた。たぶん儲けの大半は経営側の懐に入るだけで、フィリピン人インストラクターの手取りはごくわずかだろう。フィリピン人の雇用の手助けにはほとんどなるまい。英語学習はそもそも教育だから、営利事業として成り立ちにくく、英会話塾がブラック企業化して事件を起こす様子から那辺の事情を読み取れる。
 NHKのニュースを見て、フィリピンに行きたいと知り合いの日本人の若者が言い出した。日本人の英語学習法の無知につけ込んで、教育を食い物にする場当たり的なビジネスの展開にNHKは片棒を担ぐべきではない。かりそめにも公共放送だし、庶民はNHKの情報を頼りにしていることを自覚していただきたい。昨今のNHKの姿勢は戦前の大本営発表をそのまま放送した当時と酷似してきた。おお、こわ!
(S・F)
2016.3.5(土)