2016/03/05

英語は、フィリピン英語で学ぶべきではない

【新・英語屋通信】(67)

 NHKは最近おかしい。わが国の英語教育をテーマにして、中学生の学校現場を取材して、フィリピン人のインストラクターから英会話の個人レッスンを受けるシステムをBSニュースで紹介していた。
 教室の生徒全員が端末の前に座って、それぞれ別々のインストラクターから指導を受けている。レッスン料は1人25分間が1,000円(?)とのことで、放映された“How are you?”“I'm fine.”などのやりとりは、同局の『プレキソ英語』より初歩的な内容で、同番組をきちんと視聴して自習すれば授業料など要らない。
 というより、フィリピン人から英語の発音指導は受けないほうがいい。日本人の生徒が“Thank you.”を正しく発音しているのに、教え手が「ノーノーノー、センキュー」と言い直させていた。タガログ語に thank の〔th〕音がないため、フィリピン人は舌の後方を盛り上げてこの音を出す傾向があって、〔s〕とか〔t〕に近い音に聞こえる。最近の若い日本人は、正確な英語音を聞き慣れているので、間違いには違和感を覚えるはずだ。
 〔th〕は上歯を舌先に当てて出す音で、その有声音には the をはじめ、this・that・they・then などの使用頻度の高い英単語がひしめいている。with this では〔th〕の有声音が連結して1つ消失するが、正しい発声ができない者には聞き取れない。外国語には母語にないサウンドがあるから、音声学に基づく口の筋肉トレーニングをする必要があるが、〔th〕は日本語にもないので、特訓して咀嚼しておかないと先に進めない。
 学びの場は“楽しい”ほうがいいに決まっているが、技術の習得には“厳しく”取り組む必要がある。にもかかわらず、NHKはフィリピン人は優しいから英語に親しみやすくなるなどと、木に縁りて魚を求むがごときトンチンカンな解説を加えていた。
 フィリピン人の英語の発音がどの程度のレベルにあるのか、英米人に聞いてみるがいい。この番組を見たアメリカ人のR・O氏が目を剥いて、呵々大笑した。国名の Philipines の語頭音〔ph〕は〔f〕の別の綴りだが、フィリピン人は上歯を下唇に当てないから〔p〕になって「ピリピン」のように言う人が多いよとも言い添えた。
 フィリピン英語は pidgin(語法が簡略化された混声言語)ではないが、Creole(混交言語)的な面があって、発音だけでなく、語法も本物の英語とやや異なっている。変則英語を丸暗記しても、英米人の実用英語にはついていけない。
 日本語は高度に発達した言語だから、日本人は母語のまま超弩級の学問を受けられるが、タガログ語は難しい情報を扱いにくいとのことで、フィリピンでは高等教育を英語で行なっている。だから、彼らの高学歴者は物事を英語で考えて、何不自由なく英語を使えているが、アメリカ人のお笑いのネタにされることもある。
 日本語を話せても、一般の日本人は教える技術を持たないのと同様、英語話者の誰もが英語を上手に教えられるわけではない。半世紀前の日本語での特殊方言の使い手は、標準語を聞いて理解したが、彼らが話すと、他県の者には聞き取れなかった。現代のフィリピン人の英語の発音は、かなり良質になっているが、自分たちの発音癖に大半の者が気付いていない。ゆえに、英語音に白紙状態の日本人がフィリピン英語を教わると、英語話者が聞き取りにくい発音になると覚悟してほしい。
 英語の習得は、スポーツや芸事での学びに似て、正しい方法で基礎を教わる必要があるが、次世代の日本人には英語の学習法を教えるだけで間に合うと思う。実践会話は1年やそこらで身に付くものではないから、練習量のこなしは自習しかなかろう。英語の学習法だけなら、1週間で会得できる技術もあるから、学校はそれを伝授するだけでいいし、そのじつ授業時間はそれしかない。
 なお、フィリピンでの現地指導は1週間(毎日約8時間)で20数万円(?)とかで、ほかと比べて半額だと言っていた。たぶん儲けの大半は経営側の懐に入るだけで、フィリピン人インストラクターの手取りはごくわずかだろう。フィリピン人の雇用の手助けにはほとんどなるまい。英語学習はそもそも教育だから、営利事業として成り立ちにくく、英会話塾がブラック企業化して事件を起こす様子から那辺の事情を読み取れる。
 NHKのニュースを見て、フィリピンに行きたいと知り合いの日本人の若者が言い出した。日本人の英語学習法の無知につけ込んで、教育を食い物にする場当たり的なビジネスの展開にNHKは片棒を担ぐべきではない。かりそめにも公共放送だし、庶民はNHKの情報を頼りにしていることを自覚していただきたい。昨今のNHKの姿勢は戦前の大本営発表をそのまま放送した当時と酷似してきた。おお、こわ!
(S・F)
2016.3.5(土)