2016/03/11

電脳翻訳機が近未来に人間に勝利する

【新・英語屋通信】(68)

 囲碁の対局でコンピューターがついに人間の名人を打倒した。チェスは人間側が早々に敗北して、将棋は人間のA級棋士とほぼ互角の状態にあるが、囲碁には「劫」という特殊なルールがあるから、人間には適わないだろうと見くびっていた。
 チェスは取った駒を使えないので、指し手の範囲が狭くなり、人工知能に負かされるのは時間の問題だったが、将棋は取った駒を何度でも再利用できるので、当分は大丈夫だろうと高を括っていた。ところが近年、将棋のプロ棋士を相手に肉迫する勝負を見せつけるにつけ、コンピューターの力倆に注目せざるをえなくなっていた。
 将棋の指し手は、チェスに比べて桁違いに多いけれど、「ビッグデータ」の収集が可能になり、コンピューターを何台か接続すれば、厖大なデータを処理できると知った。飛び抜けの超・激・猛スピードで演算できる“京”級のスーパーコンピューターを利用すれば、次に挑戦を受けるのは“言語”の番であろうと確信している。
 人間の言語「脳力」は凄いけれど、将来は電脳くんの敵ではなかろう。人は言いたいことを瞬時に口からすらすら出している印象だが、じつはじつにアバウトで、必ずしも完璧に「適切な」表現ができているわけではない。
 そこで「適切な」という意味の最適な類似表現は何だろうと考察したら、最初に「ピッタシカンカン」という言葉が頭に浮かんだ。ついで、どんな格言があるかと考えたら「合わせ物は離れ物」が浮かんだが、英訳すると“What has been joined may come aprt”となるから、may が入ってくるぶんニュアンスがちょっと違っている。
 西洋の諺の“Extremes meet.”を和訳すると「両極端は一致する」としかならないし、「餅は餅屋」を英訳すると“Every man is most skillful in his own business”となるから、“A small snake knows the way of a large snake.”(蛇の道は蛇)と似たり寄ったりだなあと思いながら、私の脳がギブアップしろと命じたので、深追いをやめた。
 年を取ると、脳の sea horse(海馬)中の神経細胞の働きが鈍って、新しい言葉が入りにくくなり、そのうえ cerebral cortex(大脳皮質)への送信機能が落ちているので、言葉の蔵にストックが増えないし、適切な表現も取り出せなくなる。
 近未来の自動翻訳機なら、適切な例を1つ示して、類似表現をいくつか掲げて、最適の新表現を提示してくるかもしれない。アメリカのクイズ荒らしがコンピューターのワトソンくんにシャツポを脱がされたし、とどのつまり、どんな天才も人間の脳力には限りがあるということだろう。
 ここまで書いたあと、ことわざを1000個くらい収録した小冊子を手に取って、索引を開いたら、ほとんど知っている表現ばかりで、しかも半分以上は使ったことがあることに改めて気付かされた。でも、すぐに利用できなかったから、単なる持ち腐れでしかなく、人の脳はやはり有限な存在なのかと再認識させられた。
 ともあれ、電脳くんの進化は目覚しすぎて、韓国のイ・セドル九段は連敗した。日本の井山裕太本因坊は7冠王の達成寸前だが、世界戦ではイ名人のほうが実績があるから、囲碁もコンピューターに制覇されたと見なしてよかろう。
 イ名人が対戦した囲碁ソフトの AlphaGo は「画像認識」によって、「大局観」を手に入れたとのことで、deep learning(深層学習)ができるようになり、つまり「自らで学ぶ能力」を獲得して、対応力が飛躍的にアップしたとのことだ。
 つまり、コンピューター自身が「想定外のことを想定できる」ようになったしだいだが、考えてみれば、私の携帯電話もどんどん言葉を覚えている。翻訳機能が付与されるのも、遠い未来ではなかろう。コンピューターの力を借りるのは、喩えれば畑で耕運機を使うようなものだろうが、人間社会は人間同士のスキルで勝負しているのだから、言葉はやはり自分の脳力で使われている。もちろん英語も!
(S・F)
2016.3.11(金)