2016/04/12

すべての保育園にAETを配置せよ

【新・英語屋通信】(70)

 「三つ子の魂、百まで」を直訳すると“The soul / of a three year old / stays / until a hundred.”となる。英語の諺言の“The leopard cannot / change his spots.”(豹は自分の斑紋を変えれない)とニュアンスがよく似ているが、いずれも早期教育の大切さを示唆する言葉にほかならない。
 子供はおもに親から母語を学んでいる。父親が英語話者で、母親が日本語話者なら、その子供たちの多くは英・日両語を話すバイリンガルになり、両親が聾唖者なら手話が使えるようになる。言語は環境で形成されていると断じてよかろう。
 母語は「多量」に用いるがゆえに身に付くのであって、言葉遣いの「良質」な家庭に育てば、意図せず話し方の名手になっている。英語は日本人の母語ではないから、身に付ける必要があれば、“Strike / while / the iron is / hot.”(鉄は熱いうちに打て)のとおり、早期教育で学ぶのが理屈に適っている。“Practice / makes perfect.”(練習は完全を導く)は、いうなれば「習うより慣れろ」ということだ。
 とすると、語学教育は幼少期を最も重要視すべきで、就学年齢を現在より3歳早めて、その期間に英語学習を汲み入れればいい。言語は無意識に獲得されるほうが定着しやすいからだ。幼児期に英語の話し言葉に習熟しておけば、15年か20年後には日本人の多くが英語話者なみになって、コスモポリタンとして活躍する図が見えてくる。
 近年、小学校での英語授業がうんぬんされているが、根拠の希薄な役立たずの議論は時間のロスで、費用対効果の面で税金の無駄遣いでしかない。対策は簡単だ。いま中学校以上に配属されているAETを保育園勤務にシフト替えするだけで十分だ。
 当初はインストラクターによる指導の質が伴わないだろうが、NHKのプレキソ英語などを土台にカリキュラムを作って、AETを訓練して準公務員にしてあげれば、いまの何千倍もの成果が期待されると断言できる。
 YES(Yamaguchi English School)の世羅洋子氏が山口県宇部市の保育園・幼稚園で英語の発音を教えて成果を上げている。英単語を読んで、書けて、聞けて、正確に言えるけれど、音声だけマスターしても、単語力を増強したり、実用できる文型の幅を広げなければならないので、小学校の間は英語学習を続けなければならない。いまのところ、世羅氏を信頼する理解のある親御さんの子供たちだけが得をしている。
 教育格差を生まないためには、幼児教育は義務化すべきで、保育園に入れない「待機児童」(感心するほどの誤魔化し言葉)の人数が万を超えるなんて、情けない国家と評するしかない。児童の面倒を見る保育士さんを最重要の教育者と見なすべきなのに、わが国の現状は彼らを就学前のお手伝いさん代わりとしか認識していない。彼らは過剰な労働時間に耐えて、総じて優れた業務をこなしているものの、小学校の教員より低い待遇に甘んじている。少子化の折、保育士さんの待遇を教員なみに引き上げたところで大してお金は掛かるまい。世羅氏の授業を見るにつけ、英語を上手に教えるためには、保育士さんの力が是非とも必要だと思う。
 悪貨が良貨を押さえ込む世の中で革新を提案すると、既得権側から袋叩きに遭って、すさまじい抵抗を受けるけれど、波風の立たないところに改革は生まれない。高い障壁を乗り越えて、いつ改革を始めるかに、わが国の将来が掛かっている。
 幼少期での教育者の存在の大きさは、ヘレン・ケラー(Helen Keller)とアン・サリバン(Anne Sullivan)の関係において明らかだ。親の次に大切な教育者は、小・中・高・大の教員でなく、nanny(乳母)であったことを歴史の事実が証明している。
(S・F)
2016.4.12(火)