2015/10/15

赤ん坊は「統計処理」をしながら母語話者になる

【新・英語屋通信】(51)

 「赤ちゃんの言語的天分)(The linguistic genius of babies)と題して、パトリシア・クール(Patricia Kuhl)が「第二言語の獲得」について解説した約10分間のトークがTED(Technology Entertainment Design)に収められている。
  https://www.ted.com/talks/patricia_kuhl_the_linguistic_genius_of_babies

 生後6〜8カ月目の赤ん坊は“citizens of the world”(世界市民)だが、10~12カ月間ころになると、早くも“the language-bound listener”(特定言語に拘束された聞き手)になるとして、彼女は次のように述べている。

 They can / discriminate all the sounds / of all languages, / no matter / what country / we're / testing / and / what language / we're / using, / and / that's / remarkable / because / you and I can't / do that. / We're / culture-bound listeners.
 (赤ん坊はあらゆる言語の全音声を識別できる。私たちが実験したどの国であれ、また、どの言語を用いようとも、それは驚くべきことで、大人にはそれができないからだ。私たちは「文化に縛られた聞き手」なのだ)

 すなわち、赤ん坊は身辺で使われる母語の音声を耳にして「統計処理」をしながら、必要なデータだけを吸収していくが、初めての誕生日を迎えるとき、もはや言語面での世界市民ではなくなり、いわゆる母語話者に向かうと報告している。
 その実例として、話者が800人しかいないインドの少数民族であるコロ語において、母親が赤ん坊に話し掛けることで生きた言語として今日に継承されている様子を紹介している。「言語は話し言葉として伝承される」ことの証明である。
 そのほか、英語話者は〔r〕と〔l〕を聞き分けるようになるが、日本語話者はこの両サウンドと似て非なる「ラ行」だけを認識するようになる例を示している。
 また、第二言語の獲得には「臨界期」があり、子供が言語の天才でいられるのは7歳までと言う。その年齢を過ぎると、習得能力が急カーブを描くように下降して、他言語を獲得できなくなる臨界期は、ほぼ思春期に相当すると断定している。母語のデータで満たされた成人の脳は、新たな統計処理に鈍感になるからである。
 さらに、言語上の世界市民から母語話者になる過程において、両親が異なる言語を使う場合は「バイリンガル」になるが、この様子を裏付ける証拠として、英語話者の赤ちゃんに中国語を聞かせる実験をしている。つまり、言語の伝達者は必ず人でなければ効果が得られず、音声や画像からだけでは学べない(no learning)結果を図示している。理由はたぶん、赤ん坊は実際の場面に呼応してのみ言葉をわがものにしていくからであろう。
 クール氏の主張を要約すると、以下のようにまとめれる。
1.赤ん坊は全世界のすべての音声を聞き分ける「世界市民」だが、それが可能な期間は、生後6~8カ月まで。
2.赤ん坊は耳に入る音声を「統計処理」しながら、最初の誕生日を迎えるころには、自らの文化に縛られた限定的な音声だけを聞き取る「母語話者」へと進んでいく。
3.第二言語を習得できる子供の天分は7歳までしかなく、脳内が母語に満たされることに反比例して、他言語の獲得が困難になる。
4.第二言語の習得が困難になる「臨界期」は思春期で、それ以降は意識的に学ばないと、自分のものにできない。
5.バイリンガルになるには、音声の統計処理ができる赤ちゃん時代に2つの言語が両立して近辺で使われていなければならない。
6.言語は人と接触することでのみ身に付く。音声や画像から学んでも成果は出せない。

 クール氏による各種の実験は、思春期以降の英語の獲得がどんなに難しいかを示唆している。成人後の英語学習法は、質に優れて、量をこなせるシステムが必要で、聞き流すだけで英語を使えるようになるなどのマジックはこの世に存在しない。
 とはいうものの、英語は母語話者なら誰もが使える言語だから、自習を積み上げれば、非英語話者でも段階的に話せるようになる。学ぶのは自分以外の誰でもない。
(S・F)
2015.10.15(木)