2015/11/02

20歳過ぎに学ぶ英語は「質の良い練習を必要なだけ」こなす

【新・英語屋通信】(55)

 人の言語は5000種以上あるが、それぞれが特有の「質」を持ち、どんな方言も何らかの「質」を有している。言語は使われる範囲が異なり、標準語を母語とする者もいれば、特異な訛りを使う僻地で育つ少数の方言話者もいる。言葉は音声・単語・文法に違いがあるだけで、個々の優劣はなく、すべてが正当な理由に支えられて存在している。
 幼児が言語を獲得するとき、音質・文意・語法などの「統計」をとりながら、周囲で使われる言い方を真似て、自らの母語を形成している。母語が獲得される状況は「門前の小僧、習わぬ経を読む」という諺と同じに、習得の過程では学んでいる意識がない。
 ところが、20歳以降になると、ヒトの脳の言語野は、母語の完全占領下に入るため、第二言語の獲得が困難になる。学習対象言語の本質にそぐわない劣等な手段で練習すると、時間ばかりが浪費されて、いっこうに前に進めない。東京大学の野球部が連敗記録を更新し続けて、選手たちが勝てる自信を持てずに、惰性で練習していた状態と似ている。
 プロ野球の巨人で活躍した桑田真澄氏が東大野球部の特別コーチに就任して、まず最初に「練習のあり方」について言及した。要約すると、明確な目的を定めないままに、間違った方法で長い時間をかける練習を改良することにほかならない。桑田コーチは「質の良くない練習を多くやりすぎると、内容が薄くなる」と指摘した。
 日本人の英語もまた、最初から低レベルの学習法を選択している。必然的に学校卒業後も延々と学び続けるが、英語を使える者は少ない。社員が100人以上いて英語を1人も話せない会社がわが国にわんさとあって、外国人が「信じられない」と嬌声を挙げる。
 桑田コーチは個々の選手を効率的な「短時間集中型」の練習に取り組ませた。この「短時間」は「長すぎる」の反意語で、少なすぎる練習量では、物になる技倆は何ひとつ得られない。「質量ともに」と言うが、20歳過ぎからの英語の勉強は、質の高い効率の良い学習法を採用して、身に付くまで可能なかぎり数多く練習する必要がある。
 桑田コーチの退任後になったが、東大は法政大学を6対4で下し、連敗を94でストップさせた。桑田コーチは最高の頭脳を持つ人が「考える野球」をできないわけがないと言って、「グラウンドでは誰も助けてくれないから、まず自分を信じれるように鍛えて、自らが考える野球をしなければならない」と質を重視する指導をして、東大野球部が勝利するきっかけを築いた。一流のプロは、練習も一流なんですねえ。
(編集部)
2015.11.2(月)