2015/11/19

大衆が築く権力構造の恐怖

【新・英語屋通信】(58)

――“The Desert Fox”(砂漠の鬼将軍)より
 歴史上の大人物の不慮の死には謎が多い。第二次世界大戦中のドイツ軍の元帥(field marshal)で、狐のような狡猾な手段で連合軍を翻弄したロンメル(Erwin Rommel)将軍の最後もまた、戦中から戦後しばらくの間、原因不明(?)として話題になっていた。イギリスのチャーチル(Winston Churchill)首相が下院(the House of Commons)でロンメルを称賛しているが、敵から尊敬されるほど傑出した偉丈夫であった。
 本作品は a legend in the desert と喧伝されたロンメルの死の真相を解明した英国人のデスモンド・ヤング(Desmond Young)が物語る形式で闇に葬られた逸話のナゾナゾを解明していく。インド軍の中佐(lieutenant colonel)であったヤングは、アフリカの砂漠でロンメル将軍の姿を一度だけ遠目に見ている。
 捕虜になったヤングがドイツ軍の少佐(major)から“I'm / giving you / an order”と言われて、戦争のルール違反を押しつけられる。ヤングが“I'm / a prisoner / of war. / You can't / give me / such order.”と命令を拒むと、少佐が“I'm not going to / argue the point / with you.”とお前に選択肢などないとヤングに迫る。
 2人のやりとりを垣間見ていたロンメル将軍が少佐を呼びつける。そのあと、ヤングは少佐から“Field marshal said / you were / right.”とロンメルから注意を受けたと聞いて、フェアな精神で戦場を指揮するロンメル将軍に直立不動の姿勢で遠くから敬礼する。将軍は座ったままヤングに軽く敬礼を返す。
 ナチ(Nazi)の総統(Fuhrer)であったヒトラー(Adolf Hitler)の暗殺は、何度も計画され、実行もされたが、最終的にロンメルもこの謀議に関与していたらしい。当時のドイツの政財界人や軍人の半数以上(?)が反ナチ派だったと思うが、ヒトラーとその側近が大衆を動員して秘密警察の暗躍するドイツを構築したため、国民の自由な発言はもとより、いわんや反対意見はいっさい封じられていた。
 ロンメルが戦況の不利を告げたとき、ロシアでは“Officers / like me / have been / put / against the wall / and shot.”とヒトラーに返されたと反ナチの友人に語るシーンがある。スターリン下のソビエト諜報機関は、たしかにナチ以上に怖かったかも。
 戦況はしだいにドイツ軍に不利になり、ヒトラーが「1ミリたりとて撤退は許さん」とワンパターンで‘victory or death’とわめくだけの政権がいずれドイツを滅ぼすと危惧した有志がカリスマ性のあるロンメル将軍を革命に担ぎ出そうとする。ロンメルは当初ヒトラーの abdication(退位)を迫るまで考えていなかったが、ヒトラーに敗戦続きの実情を報告すると、降服を避けたい総統は“That's / you, / like always”とヒステリックにがなり立ててロンメルを退ける。
 ロンメルはついに assassination(暗殺)を決意する。ところが、ヒトラーに苦言を呈した約1カ月後、ロンメルが連合軍に打ちのめされた前線へと向かう途上、彼の乗っていた車が飛行機から機銃による攻撃を受けて、生死をさまよう大怪我をする。
 ロンメルがフランスの病院で無意識の状態にあった1944年7月20日、シュタウフェンベルグ(Claus von Stauffenberg)大佐(colonel)が東プロシアの総司令部にヒトラー一味が集合した機会に総統の暗殺を実行するが、失敗に終わる。
 その約3カ月後の10月13日にロンメル将軍はヒトラーの側近のカイテル(Keitel)大将(general)から連絡を受け、ブルグドルフ(Burgdolf)大将がロンメル家を訪問する。書面に罪状が‘treason’(反逆)としたためられ、ロンメルは服毒自殺を強要される。彼が裁判を要求すると、問題を公にすると子息と寡婦の命が保証できないと脅される。家族思いのロンメルは妻子に別れを告げて、車で連行されたあと行方不明になる。
 やがてロンメル将軍の名誉の戦死が公報されるが、“The Nazis were / great liars, / of course.”とヤングはいきまいている。敵味方を問わず、多くの人がロンメル将軍の消息不明をいぶかしがって、戦時中からミステリアスな噂が戦場に漂っていたという。
 ロンメルの悲劇は、ヒトラーやスターリンが君臨した国家で発生しただけではなく、軍部による国家統制は同時代のわが国にもあった。民主主義になっても、国の構造が権力化して、物言えず社会になると、誰もが負け組に入りたくないから、人々は寄らば大樹の陰を決め込もうとする。大衆が現状崩壊を恐れて、見せかけの幻想にすがりつくと、支配体制を支える社会現象が招来して、にっちもさっちもいかなくなった段階で強者が弱者を切り捨てていく。あの賢明なドイツ人たちに生じたと同じ状況が容易に現代にも起こりうるが、ひとたび権力構造ができたら、もはや誰にも止められない。世の中を引っ張っているのは、いつの時代も大衆だが、その力量がいままた問われている。
 ヤングは“In the sombre wars / of modern democracy, / there is / little place / for chivalry.”と現代の陰惨な戦争下では騎士道精神(chivalry)つまりルールの入り込む余地はないと釘を刺すように物語を締めくくっている。
(S・F)
2015.11.19(木)