2015/09/01

言葉には俗語・新語・略語が数多く登場する

【新・英語屋通信】(42)

 モニカ・ルインスキー嬢によるTEDの講話は、一言一句を明確に発声する公式スピーチの範とも言うべき話し方で、しかも最適の語句を厳選して見事な内容を構成している。高校の英語教科書に推薦できる格好の学習材料と言ってもいい。
 彼女は20分強の講演時間に約2400語を話しているから、1秒間に2語弱の速度で喋った計算になる。日常会話に頻出する“What are you doing?”(何をしているんですか?)のようなフレーズは、平均的に1秒前後の長さで4語程度になるが、モニカ嬢のトークの単語数は、その半分程度しかない。音節の長い単語を多めに使っているせいでもあるが、ニュースの読み上げのような早口ではなく、オーディエンスがはっきり聞き取れるようにと、間を取りながら1語ずつ明瞭に発音している。
 だからと言って、一般の日本人がTEDの会場で彼女の話を聞いて、すんなり理解できるほど簡単な英語ではない。聞き取りにくい原因の何たるかを検討したところ、使用頻度の低い単語が多く、併せて俗語・新語・略語を多めに混在させた現代的な特徴を持つ英文で、要するに目新しいマイナーな聞き慣れない用語や表現が多いとわかった。
 字幕入りの画面で見れば、馴染の少ない maelstrom(大渦巻き)や reverberate(鳴り響く)や surreptitiously(内輪の)などの単語も、前後の文脈と「語源法」でぼんやりと意味の見当がつくが、単語の概念が脳内に薄っぺらにしか入っていないため、耳で聞くだけでは同時的に消化できないと認識した。
 “I was / branded / as a tramp, tart, slut, whore, bimbo, / and, of course, that woman.”は「私は烙印を押された」のあとの as(として)に続く語は「身持ちの悪い札付きのふしだらな女性」を指すと推測できるが、聞くだけでは瞬時に捕捉できない。文字を見れば、それぞれの語に相当させる「尻軽女」「あばずれ女」「淫売」「売女」「ずべ公」などの訳語を思い付くし、一括して「売春婦」と訳せばいいと判断できるが、俗語の在庫量が足りないことを痛感させられる。
 ‘that woman’という表現は、『美女ありき』という映画でスペインの無敵艦隊を撃破したネルソン提督と恋に落ちて夜の女に身を落とすハミントン夫人を特定していたが、欧米の歴史や文化を知らないと、言葉の背景が見えてこない。the Sword of Damocles もまた、玉座の頭上に吊るした剣の糸がいつ切れるかわからないという王位の危うさを物語る古代ギリシアの説話に基づくし、mobs of virtual stone-throwers(石を投げる仮想の群衆)という表現はキリスト教の道徳観念に関連している。教養が足りないと、モニカ嬢が告げる主張の理解に及ばない。
 新語が多い点も厄介だ。近年のニュースに頻繁に登場する cyberbullying(ネットいじめ)はまだしも、webcamera に由来する webcam が過去分詞の webcammed で使われた場面は聞き取れなかった。meta-analysis や shut-shaming は英和辞典に出ていないので、調べるのに時間が掛かる情報過多のネット辞書に手を焼かされた。未知の固有名詞にも戸惑うし、略語のLGBTQのQ(genderqueer)もすぐにはぴんとこない。
 単語の99%がわかったとしても、聞いて把握できない単語が1%あれば、2400語で24語になるから、見当がつかない下りも出てくる。非英語話者は俗語に慣れていないし、新語に触れる機会も少ないから、耳から聞き取るのは容易でない。縁の薄い単語が1語でも出てくると、理解に努めている間に話の流れに遅れてしまう。ありていに言いと、一般の日本人がモニカ嬢の話を1回か2回くらい聞いて完璧に理解できるはずがない。
 彼女が使用した俗語・新語・略語は英語話者には日常語で、固有名詞も常識の範囲を越えていない。全文が当たり前の言葉だから、たとえ知らない言葉があっても、話の筋道が明瞭なので、英米人が内容の本質を間違えて聞くことはない。
 音声をキャッチできない語句もある。短母音入りの1音節語や子音が1つしかない短い単語はとくに聞き取りにくい。英単語はまた、途中で切れたり、後ろの語にくっついてリンキングするので、hit_on(しつこく言い寄る)などの句は単語と取り違えてしまう。
 音声が認識できたとしても、使い慣れない用語は、瞬時に意味を把握できないため、置いてきぼりにされてしまう。単語を半端にしか理解できない状況であれば、せめて日常的な機能語の部分は「チャンク法」で繰り返し練習して完全掌握しておく必要がある。そのためには「PV法」で音声の発音基礎を完璧にモノにしておかなければならない。
 聞き取れなかった部分を学習して完全に理解すれば、野球のピッチャーが時速150Kmで投げるボールの縫い目がバッターに見えるように、1語ずつ止まって聞こえるようになる。私の場合は文字まで見えるので困っている。母語であれば、会話中の文字が見えることなど決してない。(S・F)
2015.9.1(火)